星野修の想い・志

銀座会!!

おはようございます♪

Vol.3061

いつも読んでいただきありがとうございます!!

 

昨日は、妻と銀座でデート。。

 

ユニクロ機関店にて、秋冬物を購入。。

 

10階までのエスカレーターがたまりません。。

 

毎年、思うのがユニクロのレベルUPがハンパない。

 

その後、串揚げを堪能し・・・

 

妻との銀座会になりました。。

 

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10月17日に、秋葉原にて経営者シリーズもの、一般公開のセミナーやります。

 

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孫正義300年王国への野望  杉本貴司著

恩人

 

 

 

 

2014年4月28日、東京・元赤坂の老舗洋食レストラン「東洋軒」に、ソフトバンクグループの最高責任者たちが集結した。

 

 

黒塗りのセンチュリーから現れた孫正義は、ダークグレーのスーツ姿。

 

 

胸につけた明るいピンクのネクタイが、ほんの2~3週間前まで咲き誇っていたこのあたりの桜の花を思わせる。

 

 

ちょうどこの頃、孫は長年の悲願だった米国進出を巡ってのっぴきならない局面を迎えていたが、この日はそんな心労の影はみじんも見えず、晴れやかな表情を浮かべていた。

 

 

孫の脇には、30年来の相棒で孫が絶対信頼を寄せる大番頭の宮内謙が控える。

 

 

孫が惚れ込んで野村證券からスカウトした北尾吉孝の顔も見える。

 

 

他の面々も損を支えている忠臣中の忠臣たちだ。

 

 

もっとも、孫は彼らのことをストリートファイター、あるいは同志と呼んでいる。

 

 

「攻めの財務」こと後藤芳光。孫が「2手先を読ませれば右に出るものはいない」と評する戦略家の藤原和彦。

 

 

孫の懐刀とも呼ばれる仏教学科卒の異色のCTO宮川潤一。

 

 

大番頭の宮内が束ねる営業部隊の隊長格である榛葉淳と久木田修一。

 

 

榛葉は創業間もないソフトバンクに249番目の社員として入った生え抜きの叩き上げ。

 

 

久木田は宮内が実力を見込んで光通信からヘッドハンティングした切れ者だ。

 

 

孫がリクルートから引き抜いた青野史寛は、ソフトバンクの管理業務の一切を取り仕切る影の実力者だ。

 

 

香港出身で英国籍を持つエリック・カンの姿もあった。

 

 

一堂に顔をそろえた最高幹部たちを出迎えたのは、一人の老人であった。

 

 

佐々木正。

 

 

99歳の誕生日を2週間後に控えていた。

 

 

やはりスーツに身を包み、短く刈り込んだ白髪を丁寧に七三にしつらえている。

 

 

高齢のため杖を片手にやや腰をかがめるものの、その立ち振る舞いには武家の子として育てられた大正生まれの男の気品が漂わせていた。

 

 

数えで百寿となる佐々木を祝うために集まった孫以下のソフトバンク幹部。

 

 

ワイングラスを並べた祝賀会は終始、なごやかな雰囲気の中ですすんだ。

 

 

そこにいる誰もがこの老人への敬意を隠そうとしない。

 

 

佐々木の前に座る孫も、この老人にだけは他の誰にも見せたことがないような敬意に満ちた眼差しを送る。

 

 

カリスマ経営者として見せるいつもハンターのような鋭い三角形の目は、そこにはない。

 

 

孫が挨拶にたった。

 

 

「もしバークレーの一学生の僕が、佐々木先生に巡りあっていなかったら・・・」

 

 

「ここにいるソフトバンクの幹部も誰もいません。本当に感無量です。」

 

 

「人の巡り合わせ・・・もし佐々木先生に巡りあっていなかったならば、本当に世界は全く違っていました」

 

 

孫はおもむろに色紙を取り出して筆を走らせた。

 

 

そして自ら書き込んだごく短い佐々木へのメッセージを読み上げた時、感情が堰切ったようにあふれ、目から光るものが流れた。

 

 

「佐々木先生、すべては先生との出会いから始まりました。ありがとうございます」

 

 

孫は佐々木への感謝の思いを凝縮した言葉だった。

 

 

そんな孫へ佐々木が語りかける。

 

 

「会えるのはこれが最後かもしれないな。いいか、これからも覚悟を決めてやるんだぞ」

 

 

孫は言葉をつなげない。ただ、ただ熱いものがこみ上げてくる。

 

 

もし40年近く前のあの暑い夏の日に、この大恩人と出会ってなかったら、希代の事業家・孫正義がたどった足跡はかなり違ったものになっていただろう。

 

 

佐々木との出会い。

 

 

それは数奇な運命をたどり日本の情報革命をもたらした孫が小さな第一歩を踏み出した瞬間だった。

 

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孫さんは21歳の時に自分で作成した日本語翻訳機を持って、当時シャープ在籍の佐々木氏63歳ときに会い・・・

 

「この日本語翻訳機を商品にしてほしい」

 

と懇願したのです。

 

それが、シャープの爆発的なヒットしたザウルスにもつながっていきます。

 

その時に、孫さんは起業するための軍資金1億円を得ることになったのです。

 

孫さんは恩人を大事にしています。

 

見習います。

 

 

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星野 修